モノでしかないことと、人であるということ

1週間も早いものだが、今週は何をやってもうまくいかなかった。これまでより難しい実験をしているというよりは、単に自分のケアレスミスに泣いている。

 

結局、いくら声が聞けたって、顔が見られたって、iPhoneの奥でしかないらしい。それでも十分嬉しいし、それ以上は望めない。けれど、近くにいる人はたしかにヒトだし、支えてくれる人なんだろう。それはたしかに「ヒト」ではなくて「人」なんだ。

画面の奥のぼくは、モノを超えられないだろうか。何ができるんだろうか。思いが届けばいいし、届き続ければいい。

 

あまりに生活が単調になりそうなのでせめて、いまの生活を写真にしていこうと思うに至った。普段はα6000を持ち歩くわけにもいかずiPhone(それも6)だが、なんとなくこういうのもたまっていくとそれなりの何かになるのかもしれないし、あるいはならないのかもしれないけれど、実験してみるのも悪くない。

 

f:id:negpen:20180925141316j:plain

2日目:はじめて都バスに乗った話。窓から見えるのはたしかに都会だけれど、バスというなにか田舎っぽいものがあるような。

 

f:id:negpen:20180925141409j:plain

3日目:八月の鯨

 

f:id:negpen:20180925141446j:plain

4日目:もう彼岸花かと。せめてもうちょっとマシに撮れただろとあとで思わなくもない。

 

f:id:negpen:20180925141527j:plain

5日目:朝6時に研究室に向かう地下鉄のエスカレーター。長い。

 

f:id:negpen:20180925141552j:plain

6日目:八王子でライブ。いままで横アリや武道館しか行ったことがなかったけど、これくらいの規模は割と好き。

 

f:id:negpen:20180925141639j:plain

7日目:中秋の名月らしい。さすがにひどい。もうちょっとなんとかならんのかと思って家でカメラで撮ろうとしたけど、雲隠れにし夜半の月かな。

 

せめて今週はもうちょっとマシなの撮りたい。