新しい環境に溶け込めない

大学に入って4年目に入った。理系の4年なので、研究室に配属されることになったのだが、新しい環境に溶け込めない。かもしれない。

 

かもしれない、というのは今回こそ、希望的観測を持ちたい。

 

いままでずっとそうだった。新しい環境というとだいたい、受験して中学に入学してからだった気がするが、中学も最初は同じ塾だった友人とばかりいっしょにいた覚えがある。2,3年くらいからだろうか、慣れてきたのは。

中高一貫にいたせいもあってか、それ以来新しい環境に移ることもなく6年を過ごした。次に問題になるのは大学に入ったときだった。

 

中高と部活に入っていたので同じスポーツのサークルに入ったものの、大学ではどうも浮足立った人々がこぞって始めるスポーツらしく(偏見)、結局溶け込めなかった。危機感を感じて国際系活動サークルに飛び入った。こちらは同じ高校の先輩や同期もいたので比較的やりやすかった、ような気がする。

それでも入学して半年くらいだろうか、ほとんどの時間は高校同期と過ごしていたように思う。

 

いつも、関係を構築する頃に、別れが来てしまう。

 

大学でやっと作ったクラスの関係も、学科が分かれてしまって会いづらくなる。そうしてまた学科という新しい人間関係が始まる。学科でもやっぱり溶け込めず、というか学科に関してはすでに出来上がった人間関係が全体を支配していたように思うが、いずれにせよそんな感じで友人は限られていた。

 

そんなこんなで、新しい環境に溶け込めない。高校同期と飲んでいてこの前ポロっと言われて、人に気づかれるほどだったかと反省している。でも、どうすればいいのかがやっぱりわからない。

 

そうこうしているうちに学科とも疎遠になる、研究室配属という時期になった。研究室はある程度人数が少ないのもあってか、密な関係になっているらしい。そういうのほど困る。

 

新年度は嫌いだ。

本当のことしか言わない日

4/1はエイプリルフールというのはあまりにも有名になった話だけど、その流れで4/2には本当のことを言うみたいな話があるらしい。

 

ただソースがあまり見当たらないところ、これもエイプリルフールのネタなのかもしれない。そんな日があっても実際大変だし、その方がいいのかもしれない。

人はエイプリルフールなんて構いなく、いつだって嘘をつく。だからこそ世界はなんとか回っているのではないか。

 

ならば「トゥルーエイプリル」はおろか、エイプリルフールにすら何の意味があるのだろうか。そんな画像がバズっていたが、「サボるのと休講はやっぱり違う」というあるユーザーの反応には納得させられた。

 

そもそもエイプリルフールの嘘は「種明かし」がある時点で「嘘」とは明確に区別されるのではないか。強いて言えば「ドッキリ」に近いような。だからこそ、やっぱり嘘をつくことを認められている、というエイプリルフールには少し違和感を覚える。

 

だからといって何かが変わるわけでもないし、「ドッキリ」だからなんだというところである。最近はテレビ番組の行き過ぎたドッキリが話題になることもあるが、そういうのに敏感になれず、別にいいじゃんと思ってしまう自分がいることも否定できない。くだんの番組は少しやりすぎかなとは思ったが。

 

正しいことと間違っていること、真実と嘘って、そんなにはっきり二分されるものなのだろうか。

足に爆弾を抱えて半年

左足の親指に不良肉芽なるものができている。これがどうしようもなく痛い。

9月くらいに発症して、皮膚科にかかったらその説明をされた。爪の間から肉腫が見えてくる(?)らしい。聞いても正直よくわからなかったのだが、その日は液体窒素で凍らせるという治療をされた。これがまた痛い。

 

その後なぜか、皮膚科に通うのをやめてしまった。なんとなく、面倒くさかったのだろう。液体窒素にビビってたのかもしれない。そのうち治るもんだと思っていた。

 

そうして半年が経ったが、一向に治らない。そればかりか、最近は少しひどくなった気すらする。歩くのに支障が出る以上、覚悟を決めて再度皮膚科に行った。どうも定期的に、2週間に1回くらい液体窒素でジュ―っと()しないといけないらしい。あのときなぜ、もう1回行かなかったのだろうと後悔しつつ、液体窒素の痛みに耐える。

…また再来週行こう。

18きっぷで大阪まで、n回目の帰省

まあとにかく18きっぷというのは暇なもので、新宿で朝カレーを食べながらふと、まとめてみるなどしようと思い立った。

 

08:25新宿〜08:44品川 山手線内回り

寝坊してゆっくりめのスタート。

3歳くらいの男の子がはじめしゃちょー似のパパとどこかへ向かっている。誰かと電話しているのだが、声といい喋り方といいかわいい。コウペンちゃんを地で行く感じ。

父子を眺めてたら着いた。

 

08:49品川〜10:29熱海 東海道本線熱海行

湘南新宿とか上野東京とかの車両。椅子硬いし4人席あたったら足元も窮屈だから地味に嫌い。よほどロングシートの方が椅子ましだと思う。夏に行った根府川駅周辺の景色は相変わらずすばらしい。あそこに行きたい一心で、去年18きっぷ期間外に行った。

次の旅行の調べごとするなどしてたら着いた。

 

10:35熱海〜11:50静岡 東海道本線島田行

18きっぱーらしき人が大量にいる。15両から3両になる熱海はたぶん一、二を争う勝負どころなんだけど、熱海到着ホームと発車ホームは先に調べておかないといけない。今回は同じホーム向かい側だったけど階段下りて乗り換えなかったのはじめてかもしれない(15両なら10両目が乗り換えるときエスカレーター)。さらに3両がどこに止まるかを知らないと最悪静岡まで座るチャンスが回ってこないと思うと18きっぷは過酷だなぁと。

寝てたら着いた。

 

12:03静岡〜13:15浜松 東海道本線浜松行6両

島田行だからと正直に島田まで乗ってはいけないのはそれはそうなんだけど、興津とかいう乗り換え定番駅じゃなかったのも初めて。静岡はホームに駅そばもあるしおにぎり買ってなくてもいけたなと横目に見ながら待ち時間で頬張る。変わらずロングシートだけど6両になるし静岡始発なので当然座れる。

寝てたら着いた。

 

13:20浜松〜13:55豊橋 東海道本線岐阜行

2列シート。座り心地も良き。岐阜まで行ってもしょうがないので次の始発駅の豊橋で降りる。この区間は車窓の浜名湖が好きだが座れないことが多く、ロングシートじゃないのも珍しかった。隣の高校生くらいの女子がどうしようもなく甘そうななんとかフラペチーノを飲んでて、これの3〜4杯分で大阪まで行こうとしている自分との経済力の差を嘆いた。

静岡は感情を無にするか寝てたらそれほど苦労せずとも越えられる。

寝なくても着いた。

 

14:03豊橋〜16:09米原 東海道本線快速米原

2列シート。何の苦労もない2時間。大垣乗り換えをせずに済んだのも神。大垣といえばそろそろムーンライトながらに乗って帰るやつやりたい。

ボーッとしてたら着いた。ラーメンが食べたくなって大阪駅構内のラーメン屋を調べるなどした。

 

16:17米原〜17:42大阪 琵琶湖線京都線新快速播州赤穂

ここからは消化試合。2列シート、関西の乗り慣れた車両。前に座ってる18きっぱーらしき同世代オタクが2席使って寝そべってvitaやってた。これが関西。

正直帰省に目的もないし何となく帰らなければという感じなのであまり気が向いたものじゃない。東京にいればよかったと、長い電車を振り返りながら思い、先に進むのが億劫になってきた。

 

18きっぷ

東京⇄大阪(東海道線) n回(たいてい浜松下車、あとは豊橋、名古屋など)

東京⇄大阪(中央線) 2回(松本下車)

山形→東京 1回(仙台、宇都宮下車)

東京⇄高崎 1回(榛名山)

東京⇄水上 1回(谷川岳)

東京⇄長野原草津口 1回(草津温泉)

あんまり旅行手段として18きっぷを使ってないとふと思って書き起こしてみたらやっぱりそうだった。帰省も慣れてきて最近は早起きすらしなくなってきた。油断してるとそのうち遅延とかにやられそうで怖いなぁと思ってたら、大阪に着いた。

 

 

 

思い立って秋田に行った、それだけの話

つい最近2018年が始まったと思ったら、もう2月が終わるらしい。

1月はまだしも、春休みがはじまってから2月は本当に一瞬で終わった。バイトしかしてない。

 

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ところでタイトルの通り思い立って秋田に行った。かまくらに入りたくて。絵になるような風景っていまでも本当にあるんだなぁと。

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ミニかまくら。写真撮るのが難しい。

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角館。冬は観光客がぜんぜんいなくて、雪に音が吸われていく静寂のなかにポツンと立たされたような、なんだか心細くなる空間だった。

 

それにしても、新幹線というのは怖い。その気になれば、どこへでもいける。その後18きっぷに乗っていつも新幹線の偉大さに気づくんだけど、きっと来月もそうなるんだろうなぁと、18きっぷ春の期間を前にして思う。

安寧の日々をむかえて

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11月のいろいろが終わり、今はとても穏やかな時間を過ごしています。すっかり寒くなりましたが、遅れて秋を満喫しているような感じです。

 

終わりは必ずやってくるものだし、それを満足してむかえられる人はほんのわずかだ。というのは、5月に高校生たちに伝えたことです。それから半年たち、私自身、満足してむかえられたのかなと、その分今はまだ若干余韻に浸ってもいます。上に書いたのは、いろんなことに手を伸ばしながらも、どれも大した結果を得られなかった自分に刺さった、部活の顧問が引退のときに放った言葉でした。

でも、某国際系活動に打ち込み続けた6年間、最後にいい景色を見させてもらったなぁと素直に思うわけです。前後に挟まれた期末試験がどうなっても、その結果を受け入れられそうなくらいには。facebookでも投稿しようかなそろそろ。

 

 

この土日、自分へのご褒美を兼ねて金沢まで行ってきました。

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予定もあり着いたらもう日が暮れていたのですが、金沢駅の例のアレです。

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やっぱり魚がおいしい。

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写真技術のなさをごまかしてくれるから兼六園好き。

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インスタ映えしそう。インスタにはあげない。

それにしてもクソ寒かったし兼六園では雹に打たれて痛いってなってました。でもちょっと(かなり?)贅沢して行った山代温泉は神だったし北陸新幹線で一瞬で着いちゃうあたりが良かったですね。

それでは。

また1年が過ぎて

いつからだろう。誕生日が楽しみじゃなくなったのは。

 

去年はひとりでグランドキリンだったか瓶のクラフトビールを買って、その日唯一もらったプレゼントのゴディバを食べながら過ごしたものだった。その日入れられたミーティングに来た人がたまたまfacebookで知ったらしい。

いまどきの人間関係のかなりがSNSに縛られているように思う。純粋にSNSに頼らない人間関係を維持している人なんて今ほとんどいない。ひとり、メールだけで連絡を取り合っている親友がいるくらいだろうか。facebookはあまり見なくなったけど、誕生日にはおめでとうメッセージが来る。親しい人もあれば、そうでない人もいる。誰だっけ、という人もいて、よく送ってくるよな、と思う。向こうは覚えてくれているんだろう。そう思うとやはり申し訳なくなる。相手のfacebookプロフィールに飛んでもいまいちわからない、なんてザラである。

 

だから、あまり自分からはfacebookで誕生日を祝うメッセージは送らないようにしている。表示される「○○さんの誕生日」というのも、誰だよってなることも少なくないし、かといって送る人を選んでしまうと、facebookの友だちという概念がわからなくなってくる。スポンサーみたいにランク付けがあった方がいいかもしれない。が、それはそれで怖い。

 

祝日、ないし三連休になることが多い。体育の日、とかいうが、特に体育の日っぽく誕生日を過ごすつもりもないので、適当に引きこもって迎える方が多い。実家だったころはちょうど秋祭りがその連休にあったせいで、道路が封鎖されてしまって外出さえままならなかった。

中学の男子校時代なんて、誕プレを渡しあう分かもなく、なぜか中3くらいからそういう文化が生まれたときはびっくりしたものだった。高2までが一番誕生日らしかったかもしれない。

 

高3なんて最悪だった。何がセンター100日前だよ関係ないわ、と、自称進学校にありがちな決起集会があったのを覚えている。

だいたいセンター試験と中学入試は同じ日なので、たしか小6のときも同じ目に遭った記憶がかすかにある。が、ちょうどその日だったかどうかまでは記憶にない。

 

そんなこんなで、そもそも誕生日にあまりいい思い出もなかった気がする。なぜ年を取るんだろうって思っていたくらいだ。でも小さいときの自分はなぜか早く大人になりたくて、誕生日を心待ちにしていた気がする。兄弟親戚含め自分が最年少だったからだろうか。二十歳になりたかった。

 

あの頃の自分が心待ちにしていた20代も、もう2年目らしい。ハタチ、そんないいもんじゃなかったよ、ってあの頃の自分に言ってやりたい。

誕生日ってそもそもなんで祝うんだろう。一年頑張って生きたから?とか生んでくれた親に感謝?とかいろいろ言うけど、生んでくれたと言っても別に望んだわけでもない。去年の10月からあっという間だったし、何かが大きく変わったわけでもない。

 

連休の気怠さで昼前に起き、適当に仕事をこなし、実験のレポートを後回しにし、ミーティングに向かう。提案した企画書が通ったり、よくわからない話を聞かされたりして2時間ほど過ごし、同僚からケーキをもらったくらいで、結局家に帰ってひとりでウイスキーを飲みこむ。facebookのメッセージを返し、ミーティングのまとめをしていると誕生日は終わってしまった。せいぜいそんなものだ。

 

ああ、もう21か。年をとっても、感情がなくなった。

それが、もう昨日の話。